映画のはじまり
この映画を作った動機についてデイヴィッド・バーンは振り返る。「今回のショーは自分のこれまでのショーとは、まるで違うものになるので映画化すべきだと思った。いま、世界で起きていることを表現したかった。ミュージシャンとして、これまでより責任のある行動に出たかったんだ」。そこで知人のスパイク・リーに声をかける。彼はニューヨーク公演に先駆けたボストン公演を鑑賞。「素晴らしいショーで、僕の役割はカメラの動きについて考えることだと思った。ショーを見た時、どう撮影すればいいのか、すぐにつかめたんだ。バルコニーの上から見たら人物たちの動きに決まったパターンがあることが分かって、上から撮る方法を思いついた」とリーは語る。
マーチング・バンドを意識
リーはミュージシャンたちが舞台に出てきた時、新鮮な驚きを感じたという。「パーカッションはマーチング・バンドのようで、振り付けも素晴らしいと思った」と語る。通常はひとりのドラマーによって作られる音が舞台では複数のパーカッショニストによって表現された。「すごくエキサイティングだと思った。視覚的にも感情に訴える力においても、これまでと異なるインパクトがあるからね」とバーンはこの点を分析する。「複数の人物が“ひとつ”となって動く姿を観客たちは目撃し、体験できるんだ」
グレーのスーツ
今回のショーの衣装についてバーンは語る。
「一体感のある服装にしたいと考えた。その方がパワフルな印象を与えるからね。そこでスーツを選んだ。そして、照明デザイナーに“何色のスーツがいいと思う?”と尋ねたら、ミディアム・グレーがいい、という答えが返ってきた。照明を消すと見えなくなるし、明かりをつけると、ぱっと浮かび上がると言われた」。その結果、グレーを効果的に使った舞台が実現した。
観客の大切さ
公演に参加した観客についてバーンは振り返る。「観客たちがそこにいることがすごく重要だった。何か通じ合うものがあった」。この点に関してリーも賛同する。「観客と舞台の人々の間に何かが生まれた。魔法のような感覚があった」。公演はニューヨークのハドソン劇場で2019年10月から2020年2月まで行われたが、コロナウィルスによる感染が広がる前だからこそ、観客と出演者たちの親密な雰囲気を生かした作品となった。
タイトルの意味
『アメリカン・ユートピア』というタイトルにはどんな意味が込められているのだろうか。
「僕たちがいるのはユートピアではないが、それを実現できる可能性についても伝えたかった。言葉で語るのではなく、それを見ることができる。そして、その心地いい手ごたえを感じることもできる」。彼は選挙に行くことの重要性も訴えることでユートピアを実現することの意味について考えさせる。
バーンとリーの出会い
今回、初めて手を組むことになったデイヴィッド・バーンとスパイク・リー。その出会いについてバーンは振り返る。「初めて会ったのがいつなのか、はっきり覚えていないが、これまで近くをすれ違う関係だった。同じ時代にニューヨークで活動を始めたからね」。バーンはリーが監督した映画を見ていて、リーの方はバーンがフロントマンだった人気バンド、トーキング・ヘッズの初期のアルバムのファンだった。「互いにリスペクトしていたが、今回は“最高のコンビ”になった」とリーは語っている。
「画面越しに楽しむのもいいよね」と頭を切り替えることができた……気がしていたのに、この映画のせいで思い出してしまった。
やっぱり肉体性を欲しているんだと。
全身で音楽・言葉を表現するデビット・バーンやバンドメンバーたちが、その場を楽しむお客さんたちが、とてつもなく輝いて見えた。
僕らもユートピアを手繰り寄せなくては。